April 20, 2010

父よりの手紙。

アメリカ合衆国、カリフォルニア州に留学してはやくも5年が経とうとしています。

そして今日、日本にいる父からの手紙が届きました。

父独特の筆跡で、読みづらい部分もありますが、それがまた父らしい。

池上家の近況報告と父の人生講座のような哲学を含んだ言葉で便箋四枚ほどの手紙でした。


最近は色々と考えるところもあり、上手くいってるとはとても言いがたい毎日。

日本の家族とも疎遠になり、心配をかけたでしょう。


留学の原点とは何だったのだろう。あの時の気持ちは忘れたことはない。
『あの時の僕はこういう気持ちで何がしたくて留学にとういうことを求めて来たんだ』という事を言葉や文字にすることはとてもたやすい。
まちがいなく、あの時はそう思っていた。

しかし、今はどうだろう。あの時のような熱い気持ちではなくなっている。
原点に返るとはどういうことだろう。
そのときに思ったことをデータとして記憶していてもどうしても、以前のようにはいかない。
というよりも、そもそもの原点でさえも幻想だったのではないかという一つの不信感にも似た違和感があるのだ。

5年前に信じて頑張ろうと思っていたことが、間違いだったとまでは言わないが、どうも少しずれていたとしたらどうだろうか。

僕はいま、自分のやっていることに意味を見出す事が出来なくなっているのかもしれない。

今も5年前も最終目標はかわらずちゃんとある。それに対しての熱い気持ちは今でもこの胸にしっかりと大事に持っている。
それでも、留学という手段に疑問を感じずにはいられなくなってしまったようだ。

留学という一つの選択も僕のやりたいことではあったが、本当にやりたいことをやるべきだったのかもしれない。


父からの手紙を読んでいる時、とても辛かった。胸が締め付けられるように痛かった。
やましい気持ちでうそをついている時のように父の言葉に素直に目を向けることが難しかった。


時間はない。あるようで、もうすぐそこまで、決断の時が足音を立てて近づいて来ているのが分る。
どのような結果になろうと、自分の決断には責任を持たなければならない。




信念の言葉を胸に俺は進む。
道しるべなどない人生という道を、見えない18thホールのフラッグに向かって進むように、不確かな方角だけを頼りに手探りで進みづづけなければならない。



父の手紙に感謝したい。また、色々と考えさせられる事が多くあったから。

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